発覚したのは、5年前に撮影した富士山の写真が必要になって、iPhotoの起動時にライブラリを切り替えて外付けHDにあるライブラリを読み込もうとしたときだ。iPhoto Libraryを選択しても読み込むことが出来ない。最初は何が起こっているのかがわからなかった。それがわかったとき、そしてその原因に心当たりがあると自覚したとき、全身に鳥肌が立った。
数ヶ月前、それまでメインで使用していたPowerMacG5を売却して、すべての業務をMacBookProに集約した時にPowerMacG5に増設してあったSeralATAの250GBのHDをはずして外付けにして、その時点から新しく取り込んだ写真のみMacBookProの内蔵HDで管理することにしたわけだ。なるほど、Optionキーを押しながらiPhotoを起動すればライブラリを切り替えられるんだなと。実際には、過去の写真が必要になることはそれほど発生しなくて古いライブラリーのことは忘れていた。そう、鳥肌が立って思い出すまではね。
MacBookProですべてこなすとなると、BootCampも組んであることもあって内蔵のHDはかなり余裕がない。そこで、ムービーや終わった仕事のフォルダーなどをまとめて外付けHDに移すということをしていたのだ。205GBの外付けHDはみるみる内容が肥大化して、気がつくと20GBほどしか空きがなくなってしまった。そこに、これまた中途半端だけど320MBという外付けHDを購入してそっちに移すことにして250GBのHDは、(そのままとっておけばバックアップになるのに)他のマシンで流用すべくフォーマットしてしまったのだ。
問題は、250GBのHDから320GBのHDにデータをどうやって移したのか。はい、単純にファインダーコピー(ドラッグドロップ)しました。ダメジャン!あ、いやもちろんその時にiPhotoのライブラリーのことが記憶の片隅にでもあればすぐにそれはまずいと気がつくわけなんだけど、残念なことにそれを思い出したのは鳥肌が立ったときだったわけ。
消えたのは、約4年間のたぶん6000枚ほどの写真。半分以上が猫の写真だと思うけど、今はもういない猫の写真もあるし。いや、正確に言えば、どんな写真があったのかもよく思い出せない。きっと、この先「あ、こんな写真があったよね」と探したときに、無いことにまたうちひしがれるのだろう。
少しだけ、救われたのは探していた富士山の写真は一度Webページの作成に使ったことがあって作成時のフォルダーに少しだけ残っていたこと。そして、猫の写真もよく撮れたやつとかは、「た〜にゃの部屋」という猫バカサイトで書いている日記に使っているからかなりの枚数が残っている。解像度はかなり落ちてしまっているけど、ないよりはずっとましだ。思えば、「た〜にゃの部屋」はもう日記を5年くらい書きためて居るんだ。あらためて、時が経つのは早いと感じる今日この頃・・・。
みなさんは、ぜひともこんな過ちをしないように。失ってしまった物ほど価値があって、とても大切で甘く切ないメモリーなんだと思い知らされるのは私だけで十分だから。こういったデータの移動などの場合だとTimeMachineでも救えないだろうな。
2007年12月4日火曜日
さよなら、6000枚の甘く切ないメモリー
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